No.353
カテゴリ:ドラマ・ヒューマン
オススメ度10 ★★★★★★★★★★
著者:原作:夢枕獏 作画:谷口ジロー
出版社: 集英社
発売日:2006/10/18(1巻)
巻数:5巻完結
「思え ありったけの心でおもえ」
今年の2月に訃報が届きました。
青年漫画の巨匠、谷口ジロー先生が69歳でお亡くなりになりました。
動物モノ、冒険、格闘、SFと。
ジャンルは多岐にわたり著作物も多数。
最近に脚光を浴びた作品では「孤独のグルメ」が有名です。
その作品群の中で最も大好きな作品をご紹介します。
それがこの「神々の山嶺」です。
山嶺と書いて「いただき」と読みます。
原作は1997年刊行の同名小説「神々の山嶺」。
原作者の夢枕漠先生が漫画化するなら「谷口ジローさんしかいない」と語ったことからコミカライズの運びとなりました。
あらすじ
エべレスト初登頂の謎を解く可能性を秘めた古いカメラ。
深町誠は、その行方を追う途中、ネパールで“毒蛇(ビカール・サン)”と呼ばれる日本人男性に会う。
彼がネパールに滞在する理由とは!? そして、彼の正体とは…!?
圧 巻。
としか言いようがない。
この作品を語るに、適切な言葉はありません。
読んでみるしかない。
その表現力の素晴らしさ。
絵の持つ力の無限の可能性に驚嘆します。
たった数十センチの漫画の枠の中に!
エベレストの山々があるのです。
この斜面!
雪すげえ!!
高さ怖えええ!
山の怖ろしさを生々しく感じます。
作画の素晴らしさをまず語ってしまいましたが、もちろん物語の内容も素晴らしい。
単なる山男の話ではありません。
実際の登山界最大のミステリーを絡め、そこに山へ命を賭けた男の生き様を描きます。
山に「命を賭ける」にまで至る人格形成の過程を丁寧に描き、そのラストには「ううむ」と納得せざるをえない。
その人間ドラマの深さ、緻密さも、この作品の最大の魅力。
作画の持つ力。
文章の持つ力。
その二つがこれほど高レベルで混在している作品はそうそうない。
まさに、心が震える。
言葉にすると陳腐ですが、初読みの時に受けた感動は、大げさでなくそれしか言いようがない。
山嶺な人たち。
羽生 丈二(はぶ じょうじ)。
クライマー。岩壁登攀に天賦の才を持つ。
癖のある性格と協調性のなさから、単独登攀をするようになる。
前人未到のエベレスト南西壁冬期無酸素単独登頂に挑む。
*モデルは登山家の森田勝氏。
深町 誠(ふかまち まこと)。
クライマー兼カメラマン。
エベレスト遠征で仲間を失う。
失意の中、カトマンズに滞在中にある古いカメラを手に入れる。
そのカメラをきっかけに羽生に関わっていく。
長谷 常雄(はせ つねお)。
羽生より3歳若い天才クライマー。
羽生が強く意識するライバル的な存在。
*モデルは登山家の長谷川恒男氏。
岸 涼子(きし りょうこ)。
羽生のかつてのザイルパートナー、岸文太郎の妹で羽生の恋人。
羽生失踪後も待ち続け、ついに深町とともにネパールに探しに行くこととなる。
ジョージ・マロリー。
実在のイギリスの登山家。
1924年、エべレストの初登頂を目指したが頂上付近で行方不明となる。
1999に国際探索隊によって遺体が発見された。
マロリーが世界初の登頂を果たしたか否かは、いまだに登山界の大きな謎となっている。
前半はミステリー。
登山界の最大の謎、マロリーはエべレストを初登頂したのか?
その証拠となるかもしれないカメラを、深町がカトマンズの古道具屋で見つけるところから始まります。
そのカメラの中身を追う中で、やがてそのカメラの発見者たる羽生丈二と出会います。
日本の優秀なクライマーであった羽生が、名を変え、過去を捨て。
なぜ一人、カトマンズに滞在しているのか?
羽生は何処でカメラを見つけたのか?
やがてジャーナリストとして、羽生という人間に強烈に興味を抱く深町。
ここから羽生の過去をめぐる物語が続いていきます。
後半は山岳ロマン。そして、アクション!
羽生の半生を取材し、その人間性をつかもうと追う深町。
やがて彼は、羽生の目的が人生のすべてを賭けた、ある一つの挑戦であることに気づきます。
エベレスト南西壁冬期無酸素単独登頂。
それすごいの?
よくわからんぞ?
という方がほとんどだと思います。
僕もそう。
なので調べてみました。
まず、エべレストの登頂ルートは幾つかあります。
ネパール側のノーマルルート。
もっとも難易度が低く、登頂成功率が高い。
チベット側のノーマルルート。
マロリーが行方不明となったのがこのルート。
スタートはネパール側ノーマルルートと同じ。
6500m付近から迂回するように登っていく南東稜ルートと違い、そこから頂上の8500m付近まで壁をまっすぐ登っていくルート。
難易度が高く、登頂成功率が低い。
で。
まず単独とチームを組んでの登頂は雲泥の差があります。
そりゃそうですよね。
ルートを確保するための荷物、酸素ボンベ、何人もの人力で運びます。
それをたった一人で行うのがどれほど困難なことか。
エベレスト登山史上、単独で登頂したとされるのは二人だけ。
しかもルートは南東稜ルートです。
南西壁ルートを単独で登頂したのは、歴史上に誰一人いません。
しかも無酸素。
6500m以上は、どんなに高度順応をしていても、いるだけで体力を消耗する場所。
本来は酸素ボンベが必要なところを「荷物が重くなる」という理由でボンベ無し、無酸素という選択となるわけです。
つまり。
「不可能」とされる挑戦を描いているのです。
圧 巻。
本作を語るレビューを覗けば、そのほとんどが「山の描写」の素晴らしさ、臨場感を述べています。
それは、本作の最大の見所でもあります。
ラスト2巻、およそ500ページに及ぶエベレスト登山シーン。
最初にも書きました。
それはもう、圧巻。
羽生の単独登頂の挑戦シーン。
その作画テンションは尋常ではありません。
息を飲む。
そして、その後を追うカメラマン深町の決死の姿。
一つの偉業を成すために。
人生すべての時間を使い、磨き、時には棄て去り。
全身全霊を注いできた「男」。
その覚悟たるや。
本作は山々の描写が絶賛されていますが、人物の表情も実はすごい。
羽生の不屈の意思を感じさせる瞳。
鬼気迫る。
そしてラストの羽生の表情。
ポケットの中に残した1枚のチョコレート。
最後の最後まで「単独」を貫いた男の矜持。
これには鳥肌が立ちました。
羽生は不可能とされたエベレスト南西壁冬期無酸素単独登頂を成し遂げたのか!?
その答えは、ぜひ本編でお確かめ下さい。
さて、評価は?
作画はハードボイルド。
男臭い。
最近のデフォルメされて、すっきりした作画の漫画が好きな方には、濃すぎるかもしれません。
描き込みが多い。
でも読みにくいわけではない。
その素晴らしさよ。
作画の濃さ、リアルさは。
このエベレストという圧倒的な自然を描くには不可欠なんです。
原作者の夢枕先生が「この人しかない」と指名したのもうなずけます。
ほぼ原作通りなのですが、最終話のみ谷口先生のオリジナルエピソードとなっています。
5巻完結。
あれ? 巻数が少ない!?
なんて思うかもしれませんが、いえいえ。
実は1冊づつのページ数が多いんです。
なんと、すべてが300ページ超え!
つまり1冊で通常コミックのおよそ2冊分。
読後感的には10巻完結作品に近い。
作画も内容も、すべてが濃いい。
一気読みがオススメです。
旅行に出た時のような。
日常から離れた高揚感を感じるはず。
そして読み終わった後。
旅行から帰ってきたような。
ある種の心地よい疲労感を感じるはず。
漫画作品の可能性、その影響力の強さを再認識できる作品です。
ぜひ、死ぬまでに一度は読んでみてほしい。
そんな気持ちになる【星10】でございます。